2005年4月11日 第4223号
被害総額約2億円に
3月20日に発生した、震度6弱・福岡県西方沖地震は、福岡市方面の島々、都市に大きな被害をもたらしたが、壱岐でも約300年ぶりに震度5強の揺れが感じられ、危険を避けようと外に飛び出す市民の姿が見られた。県壱岐地方局が8日現在で被害状況をまとめ発表したが、まとめによると被害総額は約1億9千7百万円にも上っており、壱岐でも地震災害に備え、津波災害にも対処するための避難場所の確保と周知、防火訓練の必要性が高まっている。
輝く笑顔、新1年生=初山小に5人が入学=
市内各小学校で入学式
市内の小、中学校で7日、入学式が相次いで行われ、各校で新1年生が緊張した面持ちで晴れの式典に臨み、希望を胸に新たなスタートを切った。本年度の新入学児童、生徒数は小学生・319人(対前年4人増)、中学生・361人(対前年27人減)。郷ノ浦町・初山小学校(馬場達雄校長、62人)でも7日、第59回・入学式が行われ、ピカピカのランドセルを背負った新入生が初登校、男子3人、女子2人の合わせて5人の新入生が、2年生以上の全校児童と保護者、校長をはじめ教諭らが温かく見守るなか、担任の教諭から一人ひとり自分の名前を呼ばれると、元気いっぱいに返事をしていた。
860頭で4億3317万円=総平均価格503,694円=
JA壱岐・4月子牛市
本年度第1回目の農協・子牛市が9日と10日の両日、芦辺町国分、壱岐家畜市場で開かれ、前回2月市を成立頭数で31頭、総販売額で約3,919万円上回り、860頭で4億3317万6,450円を売上げ、この好結果に市場全体が明るく活気に満ちた。
風のささやき
『マザー・テレサ写真展』を観て
「親切で慈しみ深くありなさい あなたの出会った人が誰でも 前よりももっと気持ちよく 明るくなって帰るようになさい 親切があなたの表情に まなざしに ほほえみに 温かく声をかける言葉にあらわれるように」。
その日の郷ノ浦町、文化ホールの中ホールは、何か柔らかな香りに包まれているかのようで、とても温かな心優しい雰囲気が漂う、居心地のよい空間となっていた。ホールの空いたスペースに配置されたテーブルで、懐かしい友人たちに手紙でも書いたらきっと素敵な手紙になるのでは―と感じられるほど、リラックスした「場」になっていたように思う。これは、8日から文化ホールを皮切りにスタート、▽石田町、改善センター15〜17日▽勝本町、かざはや22〜24日▽芦辺町、つばさ30〜5月1日▽壱岐キリスト教会3〜5日の日程で、各町を巡回する「〜あふれる愛〜マザー・テレサ写真展」の会場の雰囲気のことである。この写真展は、日本の現状からは想像を超える貧困と病気に苦しんでいたり、死期が迫る人たちをケアするためにとインド・カルカッタに、開いた施設で、献身的に奉仕活動を展開するマザー・テレサ、その人柄に触れ、喜々として共に奉仕活動をする女性たち、ボランティアらの日常、苦しみから少しずつ解放されてゆく病人たちの表情と、マザー・テレサの大きな愛を重ねたかのように作品に写し出され、個人の心の平和、平安、喜び―といったものが、痛ましく見える情景を写した作品からも、画面を通してにじみ出て、そのスペース全体を満たしているように感じられた。冒頭の言葉は、会場で見つけ、心に強く響いたマザー・テレサの言葉である。こうした素晴らしい言葉も多く展示されており、是非、どこかの会場に足を運んでもらい、自分に合った言葉を―とも思う。
背負いかごいっぱい!−初日は初夏の陽気に多くの人出−
=10〜11日 待望の磯の口開け=
待望の「磯の口開け―解禁」が9日、10日の2日間、島内一斉に行われた。初日は、初夏を思わせる日差しの中、島内各地の海岸では、ウニ、サザエ、トコブシなどを探す人々で大賑わい。中には、この日を待ちわびた様子で、ウニを捕る道具など背負い籠に入れ、“いざ出陣”とばかりにバイクにまたがり、自分だけの秘密のポイント?へとさっそうと向かう人たちもいた。渡良方面で大きなかごを重そうに背負って磯から上がってきた男性は、「型は小さいけど、数は多く採れた」と、“大漁”の獲物に笑顔を隠せない様子。さらに、もう1人の男性は、「久しぶりだから足がガクガクです!明日もあるから、今日は早く帰ってウニやトコブシの海の春の恵みを味わいたい」と嬉しそうに話してくれた。次回解禁は22日から26日まで。
モダンアート展に今年も出品−郷ノ浦町 種田和夫さん
第55回モダンアート展が6日から21日まで、東京都・上野の東京都美術館で開催されているが、本市・郷ノ浦町在住、モダンアート会員の彫刻家で、小さな美術館館主・種田和夫さんの作品が出展されている。福岡展も6月7日から、6日間、福岡市大濠、同市美術館で行われることになっている。
米づくりに初挑戦−来島1年目の主婦、日??さん−
郷ノ浦町庄触、牧永護さんの“田んぼ”(10アール)で、夫について壱岐に来て1年の主婦、日??由里子さんが、早期米づくりにチャレンジしている。福岡育ちの日??さんは、稲が勝手に育って米が収穫できると思っていたが、昨秋、稲刈りを手伝ったことから、今年は米づくりをしてみたい―と思いたち、義理の父の友人でもある牧永さんに水田を貸り、牧永さんの夫人をコーチに、初夏の陽気となった9日も、姉とあぜづくりに精を出していた。「まったく未知の世界への好奇心からの初チャレンジですが、作業をしているとストレス解消にもなり、これからが楽しみです」などと、日??さんの収穫への夢は大きく膨らんでいる。
ひとしずく
天候に恵まれて初夏の陽気となった9日、郷ノ浦町、弁天崎公園では、家族や友人らと花見・花散らしをする市民の姿が見られた▼先日、福岡市内に住む友人が子どもを連れ、日帰りで来島した。あちこち案内するなかで北部九州での発生は予想もしていなかったと、気象庁の職員に言わせたあの福岡西方沖地震の影響で、体に感じられる余震が起きると、恐怖から体中に鳥肌が立ち、心臓がドキドキ早く打って、夜はあまり寝れない―などと話した▼その知人は、ちょうどその時、車に乗っていて玉突き事故に遭ったと思い、とっさに地震とは思えず、なぜビルの上から植木鉢などが落ちてきたのかもわからなかったという▼はたして、何とかマンション7階の我が家に帰ってみると、室内では食器棚から食器のほとんどが落ちて、割れたガラスや陶器の破片があちこちに飛び散り、居間のテレビも台の上からコードを引きちぎって落ちるなど、あまりの事態に、生活に絶望しかけた―とも▼以前に来島した時の印象で、壱岐の自然や歴史遺産などを訪ねることで、あの揺れで縮んだ心と体を、きっと伸ばしてあげることができると感じた。もっと早く来たかったけど―と話す友人の顔が、満開のサクラを見て浮かび、「海とみどり、歴史を生かす癒しのしま」の壱岐市の将来像も“まんざらでは”と思われた。
社説 −主役は市民、壱岐市づくり−
郷ノ浦、芦辺、勝本、石田の旧四町が一本化し、まさに壱岐が一つの島として、様々な広域的問題に一致して乗り越えクリアしながら、明日の壱岐の発展を目指そう―というような方向で、四町の合併がずい分以前から、オピニオンリーダーと呼ばれる人たち、島民の間で語られ始めてからそれが現実のものとなるまで、いったいどれだけの時間が経過していたのだろうか。紆余曲折をへてようやく合併が成り、壱岐市となって早1年と1ヵ月が過ぎた。今、その壱岐市の将来を見据え、人の心も暮らしもしっかりと安定し、おおらかにのびのびと、時に豊かさを実感できる社会づくりなど念頭に、基礎づくりが様々に行われて、いわば現在は、日本の国づくり神話のなかで、壱岐が「天一柱(あめのひとつはしら)」と呼ばれ、その姿を現す前の混沌としていた時代にも似て、確実な壱岐の姿が見える前の、非常に重要な時期に差し掛かっているように観じられる。
日本の国も世界も、いまだにそのスタイルやシステムが大きく変化し、善くも悪くも変貌を遂げようとしている現在、数十年前のように、国民が、何か一つの大きな力により動かされ、気がつくと思わぬ方向に流されていたというようなことがないよう、一人ひとりが社会の主役として自身を発揮できるようにしたい。常に周囲の環境や出来事に気を配り考え、その環境をそれぞれにとらえ、個人サイズから地域社会、市へと表現しながら行動する−など、望まれていようそ、それは進められる地方分権、三位一体の行財政改革―市町村の合併で、国や県から求められていよう独自性と自立、各層、ジャンルでの“責任”につながっているのではないか。
あさって13日から、壱岐市づくりの最も重要な基礎、議会の議員数を、合併時の特例により膨らんだ62人から、特例の期間中ではあるが、出来るだけ早い時期に定数の26人にして、財源難の壱岐市の行政コスト削減に−などとする市議会解散を求める署名収集をする住民活動がスタートする。それは地域の人々が知恵を出し汗を流して、民意が反映される議会を求めて展開されるが、その署名の用紙が手元に届き、サインをする時は、ただ漠然とサインするのではなく、議会が定数になり壱岐市づくりに向けて動き始める際に、自分はどのようにその議会とかかわり、どのような進路をとってほしいのかなど、壱岐市の将来への思いを込めたい。その意思の表れが、民意を反映する壱岐市づくりの一歩ともなるからである。
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