2006年10月20日 第4339号
−主なニュース−
建設部、教育委員会が報告−第25回市行革推進委員会−
本市行政改革推進委員会(松尾榮子会長)の第25回会合が17日、市役所会議室で開かれ、前回に続き、本年4月に策定した市行財政改革実施計画について、各部局からヒアリングを行い、今回は建設部と教育委員会が出席、進捗状況を報告した。

リキュール製造場が完成−輸出も好調、壱岐焼酎協業組合−
壱岐焼酎協業組合(篠崎修理事長)が整備を進めていた製品倉庫、リキュール製造場、焼酎自動瓶詰、リキュール自動瓶詰・ラベラーラインが9月末に完成し、稼働を始めている。新たにできた施設の敷地面積は500・64平方?b、総工費は約1億1,700万円。

毎日介護賞・長崎支局長賞を受賞−活き壱岐住民ネットワーク−
介護の現場で顕著な活動をしている団体、個人を顕彰する2006年毎日介護賞(毎日新聞など主催)の審査がこのほど行われ、長崎支局長賞に郷ノ浦町、NPO法人・活き壱岐住民ネットワーク(東幸博会長)が選ばれた。
石田アップルが優勝−福岡県決勝大会へ−
九電杯ママさんバレー
第13回九電杯ママさんバレーボール大会の壱岐大会が15日、石田町、筒城ふれあいセンターで、島内の9チームが出場して開かれ、熱い闘いを石田アップルが制して優勝した。
就農希望者を支援へ−JA壱岐市・緊急雇用対策−
JA壱岐市は、厳しい雇用情勢の中、緊急雇用対策として、今後農業を職業として就農を希望する人を対象に、農業体験や研修会を行うなど支援を始める。
壱岐郷土館に作品の複製寄贈−長岡秀星氏−
世界的イラストレーター・長岡秀星氏はこのほど、世界平和のメッセージが愛郷心とともに描かれた「壱岐国ルネッサンス」の原画の複製(縦85?a、横60?a、原画の2分の1)を壱岐郷土館に寄贈した。
健闘!8位入賞−全国大会で芦辺地区第1分団−
第20回全国消防操法大会が19日、兵庫県で開かれ、本県代表としてポンプ車操法の部に出場した芦辺地区第1分団は見事8位に入り、優良賞を受賞した。
ひとしずく
最近はずいぶん日の入りが早まってきた。本紙の潮どきを見ると、きょう20日は午後5時43分で、秋の夜長に何をして過ごそうかなどと思う▼ビデオやDVDで映画などを観る。クラシックなどの心癒される音楽を聴きながら、物想いに耽る。詩をつくったり絵を描いてみたり、創作活動として、友人をゲストにいつもより手間をかけ、料理をしてみるのもよさそうである▼日没がだいぶ早くなり、秋が深まってきているようではあるが、日中はまだまだ暑い。最近は蒸し暑いような気がする。朝晩はだいぶ涼しくなり、少し早起きをして外に出て、澄んだ空気を胸いっぱいに深呼吸しながら、意識的に今の季節の香りを楽しんでみるのもよい。野原のような場所に出かけ夜露に濡れた草を踏み、朝一番の自然を味わってみるのも―心身ともにリラックスしていいものである▼早朝や夜、それぞれのタイミングや方法で、秋というこの季節を楽しみ物思いに耽りながら、空想の世界、イメージの中で遊んでみるのもよい。とにかくこうした時間を持つことは、自分にとっては、日々の生活の重要な一部分で、朝晩わずか数十分でも、とても大切にしているし、友人たちにもそうした時間を持つようにすすめている▼時間をつくり、自分のリズムで過ごしてみるのも案外いいもの。
社説 壱岐の『自然』、『環境』
自然というものは、我々にとっていったいどんな存在なのだろうかと思う。これを辞書に探してみると▽人間の存在・意識の成立に無関係に存在する外界▽天地間の物質的事物。天地万物▽造化の力、人の力ではおよばない力▽自然科学の対象として因果法則の下にある、ありのままの現象世界▽人や物の固有の性格。もとからそなわっている性質▽人為が加えられていないこと・さま。わざとらしくないこと・さま―などとある。自分にとっては、様々な考えや行動の支えとなっている力で、例えば疲れた時は、ただその中に在ることだけに焦点を合わせていると癒されたり、何かを始めようとする時には、多様な方向を示す直観が湧いたり―と、毎日の暮らしにとっても、食べることから趣味に至るまで、自然に依っていることはあきらかで、それは、人の生命のリズムにもつながってくる。
何かと注目されている環境は▽広く生物が生活する場の周囲の状態。人間では自然環境、社会環境などに分けられる▽心理学で、意識・無意識にかかわらず、個体に影響をおよぼす外界の諸条件―などとあり、「広く生物が――」から考えてみると、自分の生活スペースは、美しく、癒され、想像力、感受性をより豊かに発揮できる「場」であることが理想的であり、「心理学で――」では、現在のように体に悪影響があるとされる電磁波に常にさらされ、口にする物には添加物、水銀の汚染の心配がされ、逆にこの島には、心身をリフレッシュさせる自然、生命の輝きがあり、人とのコミュニケーションでも相対的にその両極が存在しており、これが自分にとっての環境ということになる。
自分の場合は様々なことを考える際、わかりにくい言葉やとても意味合いの広い言葉が含まれ、感覚的には―などという時、まず辞書でその言葉を探し、そこから考えをスタートさせると、自分の考えを感情やそれこそ環境に左右されることなく、俯瞰とはいかずとも、冷静にまとめられることがたびたびで、我が社へ市内の中・高校生が職場訪問で訪ねてきた時などにも、おおよそこれと同様に辞書の??効用?≠?話すことがある。話しが少々それてきたが、「自然」や「環境」などと言った、非常に広く奥深い言葉について考える際には―である。本紙は「生命・環境・人は一体です」と社告を掲載しているが、先に記してきた考えを通し、それを読んでもらえれば、壱岐の島の住民として、島の自然に対し、自分がどのような責任を果たすべきか―など、それぞれに考えつく、考えついているのでは―と思うが。
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