2007年12月17日号 第4420号
12月17日号 ー主なニュースー
○市民31人が太極拳を体験 ー胸式、腹式・呼吸法の紹介もー
ー第7回いきいき運動体験会ー
市運動指導者会主催の第7回いきいき運動体験会が14日夜、石田スポーツセンターで開かれた。
今年最後となった今回は、太極拳をテーマに、日本太極拳法・一楽庵壱岐支部の日保光子さんを講師に招き行われ、市民三十一人が参加した。
ゆったりとしたリズムで体を動かす参加者ら
○1月19日に伊藤選手Sライト級12位と対戦 ーボクシング、篠崎生思郎選手ー
勝本町出身の父を持つプロボクサー、篠崎生思郎(せいしろう)さん(30)=ヨネクラジム所属、ライト級ランキング12位=の次回の試合日程が来年1月19日(午後6時開場)、東京都、後楽園ホールに決まった。
篠崎さんは、今年のB級ライト級トーナメントで優勝を果たしA級に昇格、次回大会はA級昇格後初の公式試合で、1階級上のスーパーライト級に挑む。
〇壱岐名勝図誌に歴史景観をよむ ー=来年度にNPO法人へ=ー
ー一支國研究会・第3回野外ゼミー
一支國研究会の第三回野外研修ゼミが二十五日、芦辺町、龍蔵寺を集合場所に開かれた。
同ゼミは、本市の歴史文化遺産について、より自己研鑽を積もうと行われ、今年は「壱岐名勝図誌に歴史景観をよむ」をテーマに第一回・勝本〜湯ノ本を九月、第二回・石田を十月に実施、次回は来年一月下旬、中世の城跡巡りを予定している。
写真は、芦辺町、高御祖(たかみおや)神社で
〇デイサービスセンターを慰問 ー郷ノ浦幼稚園ー
郷ノ浦幼稚園(山川文枝園長、百三十七人)が十一日から十三日の三日間、郷ノ浦町、デイサービスセンターを慰問した。
同園の慰問は平成八年から始まった恒例行事で、今年も年少、年中、年長組が三日間に分かれて、音楽に合わせた踊りや合唱などを元気に披露、大きな拍手が贈られた。
○社説 '07を象徴する漢字「偽」に
その年の世相を漢字一文字で表し、一九九五年から毎年発表され今回で十三回目の今年・二〇〇七年の漢字に「偽」が選ばれた。主催する京都市、日本漢字能力検定協会が、全国から公募した応募総数九万八百十六通の中から、一万六千五百十八通=一八%=を集めた「偽」に決まった。
歴史ある和・洋菓子、和食の老舗、食肉など食品をめぐる偽装、年金や政治資金の問題などが、その主な理由とされており、二位は「食」、三位・「嘘(うそ)」、四位・「疑」、五位・「謝」、六位・「変」、七位・「政」ーと続くという。
その年の世相を代表する漢字は毎年、清水寺(京都市)で発表され、今年も森清範貫主が揮毫(きごう)。その「偽」には▽にせ。いつわり。自然でないこと▽対象と一致しない認識。誤った推理ーと辞書にあり、本市でも個人から事業主、社会に至るまで、大小様々に関係してくる漢字であろうし、特にメディアに関わる人々を含め政治、行政など、広く公的な職にある人々には、心しなければならない重い一文字である。まずは自分に、そして周囲の環境、社会に対して「真」の一字を貫くことが、日々のささいな出来事の中にも望まれ、それが昨年の漢字「命」にもつながっていくものと、今、改めて意識される。
揮毫した森貫主は「こういう字が選ばれるのは本当に恥ずかしく、悲憤に堪えない。己の利のためには人をだましてもいい、という嘆かわしい社会だ」と述べたとされる。まったくその通りである。先にも記したが、もうそろそろ森貫主が語ったような社会意識を逆転させていかなければ、国民が国を信用できない事態に陥る…いや、既にそうなり始めていよう。
それだけに、辞書で「偽」の次に記されていた「欺」に至ることがないよう、そこへ向かおうとする社会に対し、以前から霧のように広がる漠然とした不安・不信、それこそ「偽」の払拭が、大は国、国際社会、小は本市のような規模の地方自治体、地域社会に至るまで、政治や行政、もちろんメディアに携わる人々、個人に至るまで望まれていよう。やはり切り札は、「真」「愛」「命」といった、根源的な言葉であろうし、そうした根源的な言葉に強く共鳴する「心」。どれも目には見えないものではあるが、人として非常に重要な部分である。これを自分、家族、社会が大切に育てることが求められていよう。
そうした個々の自分への黙々とした取り組みが、手をつなぎ合い、環(わ)をつくるように広がり、個人はもちろん、この島、社会の成長にもつながっていることを信じて。
○ひとしずく
冬型の気圧配置が強まり、シケ模様の天候のあと、昨日は見事な青空が広がり、日中は暖かで穏やかな天候となったが、夕方からぐっと冷え込んできた。電気ストーブを背に原稿を書いているが、なかなか温まらない▼その寒さも手伝ってか、クリスマスが近づいてきたためか、郷ノ浦の壱岐キリスト教会をはじめ、市内あちこちのイルミネーションの輝きが、一段と美しく感じられるようになってきた。最近は飾りつけに、かなり凝っている所もあり、その力の入りようには驚かされる▼今年も早いもので残すところ二週間ばかりとなった。毎年、この頃になると、「喜びの歌」で知られるベートーベンの第九交響曲=第九=が、聴きたくなってくるから不思議である。生で聴ければ言うことはないが、そうもいかないので、CDで最近よく聴いている▼福岡で先日、この第九の作曲家自身による初演をテーマにした映画「敬愛なるベートーベン」を観た。難聴のベートーベンが、影の指揮者のヒロインとのコミュニケイションが、その演奏会を成功へ導くというもので、映像と音楽の見事なハーモニーが観る者に迫る感動作であった▼今、まったり? ゆっくりと音楽が流れる二楽章が終わった。後は合唱と四人の独唱が付いた最終楽章へ一気に向かっていき、素晴らしいフィナーレとなる。まったくこの曲のように、一年を締めくくりたいものである。
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