2007年2月21日号 第4362号  

2月21日号 −主なニュース−


○壱岐教育事務所3月末閉所−58年余の歴史に幕 県教委の機構改革で−

県教育委員会の機構改革に伴い、県教育庁壱岐教育事務所(久保田良和所長)=県壱岐地方局4階=が3月末日に閉所することが決まった。同事務所は、昭和23年11月に県教育委員会が発足するとともに教育出張所として業務を開始、同32年4月に教育事務所と名称を改め、これまで約58年間、県教委の施策を壱岐の教育現場へと伝えてきた。

○就航記念式典を3月30日に開催へ−九州郵船新造フェリー『エメラルドからつ』−



九州郵船(株)=本社・福岡市、竹永健二郎代表取締役社長=は3月30日正午から、石田町、改善センターで、4月1日から印通寺・唐津間に就航予定の新造フェリー「エメラルドからつ」(総トン数999トン、定員350人)の就航記念式典を行う。

○今年は3月18日に開催−舟グロ出場チーム募集−

春一番・風のフェスタ
春風と共に春の訪れを告げる春一番・風のフェスタ(同実行委員会主催)が今年は3月18日午前9時から、郷ノ浦町漁協セリ市場前で開催される。

○41チームが出場、熱戦−むぎ焼酎壱岐 遠山の金さん優勝−



第20回壱岐・壱岐綱引大会
地域おこしのスポーツイベントとしてすっかり定着し、今年で20回目の大会となった”タッグ・オブ・ウォー”壱岐・壱岐綱引大会(江田和夫大会会長、石田町「町おこし」実行委員会主催)が18日、石田町、筒城浜ふれあいセンターで開かれ、市内外から41チームが参加して、今大会も”名勝負”、熱戦が繰り広げられた。

○九州国立博物館で開催−約1000人が壱岐神楽を楽しむ−



本市、観光協会・壱岐観光PR展
市、壱岐観光協会主催の「壱岐観光PR展in九州国立博物館」が16日、福岡県太宰府市、同博物館エントランスホールで開かれ好評だった。

○福岡、長崎でトークショーなど−日本子守唄フォーラム07in 壱岐−

子どもたちに子守唄を歌い聞かせながら、子育てができる社会環境を取りもどすための壱岐発運動として、「日本子守唄フォーラム2007in 壱岐」が5月19日・郷ノ浦町、弁天崎公園、20日・同町、文化ホールで開かれる。

○ひとしずく

あの名調子には程遠いものの、朝晩ウグイスの鳴き声が聞かれるようになってきた▼最近は、日の出の時刻は早まり、日の入りはだいぶゆっくりとなり、本紙の潮どきを見ると、きょう21日の日の出は午前7時、日の入りは午後6時11分で、元旦から見ると日の出は26分早まり、日の入りは47分遅くなった▼「下手(へた)の横好き」、”キチ”が付くほどに釣り好きで、「夕方釣り師」私などは、日没の時刻が遅くなるのは、大好きな磯、ホームグラウンドの渡良半島、牧崎の磯でゆっくりと竿を出せ、楽しめるということで、うれしい限りである▼駐車場から近くて足場が良く、釣果もまずまず?のこの磯は、最近は人気も高まり、特に今年は人出が多い。それに比例するかのようにマナーの悪い釣り人も多く、エサの入っていたパッケージやビニール袋を残して帰宅する人、磯でゴミを燃やす人、吸ったタバコをどこにでもポイ捨てする人が多く、磯の上は、凪日和りの日が続くと大変な状況である▼近場で気持ちよく釣りができる数少ない場所に、タバコの吸い殻があちこち落ちて、”猛毒”のダイオキシンがあちこちに飛散する塩化ビニール製品を燃やしている臭いがしたり、その跡を見ると残念でならない。そうした行為を”釣り人の恥”と言った名人がいたが、その通りである。

○社説   旅立つ両高校の卒業生へ
今年も3月1日に壱岐・壱岐商業と本市両高校の卒業式がそろって行われる。壱岐は男子141人、女子116人の合わせて257人、壱岐商業が男子50人、女子57人の合わせて107人、両高校合わせて364人(男子191人、女子173人)が、人生の中で最も多感な頃とされる期間、3年間を通して善くも悪くも様々に経験した記憶を胸に、思い出多き学舎を後にする。両高校の卒業式が行われる3月1日は平成16年、旧四町が紆余曲折を経て合併し、壱岐の島が郡から市へと新たまった日でもある。今の壱岐市は、まだまだ旧四町時代の名残なのか、肝心なところで、一つのテーブルについて、大きいようで小さなテーマ、心ひとつに壱岐市の発展について、考えきれずにいるようであるが、国は、とにかく地方に自活を迫らざるを得ない状態であり、そのために壱岐市民として一本化に取り組み、市民、行政ともに意志の統一を図りながら、歴史を刻まなければならないし、旧とされる時代は、まさに卒業したはず。

さて、今回高校を卒業する君たちは、進学や就職で壱岐を離れ、また逆に壱岐に残り、それぞれの新たなステージへと旅立つことになるが、社会はまだ混沌として、その表面は前向きに進んでいるようでも、不都合な情報は伝えられず、表面を取り繕いながら間延びして様々な格差を生じながら、より厳しさを増しているようにすら観じられる。何か大きく感じられる他の力に寄り添いたくもなろうが、強く依存することなどないように心がけ、明かりとなる将来の目標を、例えば、自分は30歳代でこう在りたい、だから4年後の自分はこんな風で、その次の4年後には?などと、緩やかに設け、”変化してはならない”と自分を締めつけ小さくせず、変化することもよしとして、大きく自分を育てながら歩んでほしい。およそ30年前の自分を思いだしてみると、その時代の様々な情景が、鮮明によみがえってくる。今思えばその頃に考えていた方向性が、結局、現在の自分の有り様を決定づけているようであり、よく言われることであるが、「自らの想いが、自らを創造する」の通りであり、その想い、つまり将来像=目標の設定=を、大きく豊かなものとして、先にも書いた通り自らを育て、様々な出来事の中に、楽しみや感謝、喜びを発見しながらの、道行であってほしい?と願わずにはいられない。
 チャレンジを 止むことなしや その心 若きを保て 知を得て高く。