2005年11月25日 第4276号 

−主なニュース−



華麗な船体を市民に披露=今年2隻目の大型客船寄港=


豪華客船・「飛鳥」


壱岐の新しい観光スタイルとして注目される大型客船の寄港は昨年から、「ぱしぴぃっくびぃなす」、「富士丸」、「日本丸」などが次々と郷ノ浦港に入港してスタートしたが、今年は9月の「ぱしふぃっくびぃなす」(26,518?d)入港に続き23日朝、「飛鳥」(28,856?d)が同港に2度目の入港をした。その白く美しいボディで圧倒的な存在感を示し、多くのファンを魅了する同船は、乗客400人を乗せ寄航、同港岸壁で行われた歓迎式では、長田徹市長が「この壱岐には国指定・原の辻遺跡や美味しい鮮魚、壱岐牛肉、麦焼酎がある。時間が許すかぎり、ゆっくりと楽しんでください」などとあいさつ、小田武船長らに記念品を贈呈した。下船した乗客らは早速、カメラを片手にタクシーなどに乗り込み、島内の観光地へと向かって行った。同船の壱岐への寄港は今回が最後で、次回から「飛鳥?U」(48,621?d)での寄航になるという。



市内外16チームが熱戦−小城市、晴田クラブが優勝−


玄界灘親善少年軟式野球大会


壱岐少年軟式野球連盟(立石忠裕会長)主催の第2回壱岐市長旗争奪玄界灘親善軟式野球大会が19日と20日の両日、芦辺町、ふれあい広場と郷ノ浦町、大谷グラウンドで開かれ、佐賀県小城市から出場した晴田少年野球クラブが優勝した。



壱岐の自然を守る作品コンクール最優秀作品


《作文・中学》


「僕の自然に対する考え」  武生水中学校 3年 原田 至


僕は壱岐で生まれました。僕の家のまわりには森があって、あたり一面が緑であふれています。僕が小さかったときは、行く先々にたくさんの緑があったのに、工事などでだんだん緑が減ってきています。
僕が小学生のとき、家のまわりの木を伐採して道をつくるという話を聞き、ショックを受けたことを今でも覚えています。今見えている風景が変わる―そう思うと、悲しくなりました。工事される範囲には小学校に続く近道があり、そこには自然にできた木のトンネルがありました。時にはキジを見かけたりしたものです。


僕が一番自然と触れ合ったのは、幼稚園の頃でした。夏になると、クワガタを捕まえるために夜のうちに木に蜜をつけ、早朝に兄と二人で捕まえに行きました。夕方は草むらでコオロギやバッタを捕まえました。夜、スイカの皮を捨てに行くと、前の日に捨てたスイカの皮にクワガタやカブトムシがいたこともしょっちゅうありました。僕は、昆虫の姿を通して自然を見つめていたのです。


自然から教わったことの中で一番印象深いのは、「生命の尊さ」です。捕まえたセミを親に見せた時に、僕は初めてセミの命が一週間しかないことを聞かされました。クワガタを飼っていいかどうか親に聞いたところ、「最後までその命に責任が持てるか。」と逆に質問され、困ったこともありました。何気ない親との会話の中で、命について考えることができたのは、貴重な経験だと思います。


壱岐にはまだ緑が残っているけれど、これから先、緑が減ることによって、僕のように昆虫と触れ合うことが出来る子供が減ることは嫌なことで、大人から話を聞いてもただの昔話としか感じなくなるのかと思うと、悲しい気持ちになります。確かに、木を伐採し工事をすることが壱岐の発展に繋がることもたくさんあると思うけれど、人のためだけの工事にはあまり意味がないと思います。


自然には人から聞いたり、映像で見るだけでは分からないことを直に肌で感じさせる力があります。また、人の気持ちを良い方に切り替えてくれる力もあります。心がすさんだ時、何かをがんばろうとした時など、様々な場面で自然と触れ合うことは、すごく大切なことだと思います。日々の生活で疲れた人達が、壱岐の自然に触れることでリフレッシュし、壱岐を出るときに「壱岐っていいなぁ」と思われるような島になって欲しいです。壱岐に住んでいる僕達が、壱岐を守っていきたいと考えています。


《標語・中学》


鯨伏中学校2年 松永きらら


壱岐の風 うけて僕らは 呼吸する


《ポスター・中学》


鯨伏中学校2年 大西 姿帆



市外から6遺跡ボランティア参加−原の辻遺跡フォトコンテスト表彰式も−


原の辻イベントラリー・交流大会


国指定特別史跡・「原の辻遺跡」5周年記念イベントラリーが11月中旬から市内各地で開催されてきたが、その最後を飾る「遺跡ボランティア大集合〜西日本交流大会〜」が23日、勝本町、文化センターで開かれた。同交流大会では、本市の壱岐國研究会はじめ、鳥取県から妻木晩田遺跡ボランティアガイドの会、宮崎県から西都原ボランティア協議会、滋賀県から守山琵琶湖よし笛アンサンブル、下之郷じいちゃんズ、佐賀県から吉野ヶ里サポーターの合わせて6つの遺跡ボランティア団体が集合した。



販売高約6億7,401万円−まずまずの出来 本年度葉たばこ買い入れ−


壱岐の農業の基幹作物でもある葉たばこの本年度。買い入れが9日から9日間の日程で始まり、21日に終わった。



本市に1千万円−学校図書の充実を−


芦辺町、中永政雄氏


芦辺町湯岳興触、中永政雄さん(87)は14日、学校図書の充実に役立ててと、本市に1千万円を寄託した。



ひとしずく


洋上のホテル―飛鳥。それにしても美しい船である。あの大きさで、流れるような真っ白なフォーム、ずい分離れた場所から眺めていても、あきのこない美しさは素晴らしい▼郷ノ浦港の大型客船用の岸壁に23日朝、接岸した飛鳥を見に行ったあと、渡良半島の牧崎に行ってみると、小さな自転車に乗った観光客2人に出会った。2人とも飛鳥で来島したのだ―という▼自転車に乗って、島の風に吹かれながら、自分のペース、その範囲内で、ゆっくりと気ままに島を巡りたい―などと話してくれ、彼らの“旅”へのスタンスが、何とも船旅というもののイメージとも重なり、いわゆる船旅のぜいたくさが、少しはわかったような気がした▼これからの旅は、その2人が話してくれたように、自分のペースでリラックスした時間を過ごせることが、以前からのスタイルではあるが、一つの大きな要素として再認識され、新たなメニューといった形で加えられる必要がある―と思われた▼きっと旅馴れた人たちは、そうしているのだと思う。はたしてそうした旅行は、パックで与えられる企画商品とは異なり、旅そのものを自身で考えクリエートしなければならないだけに、旅を前後して時間も費用もより必要となる。が、満足のゆくものにしたい―との思いは強まる▼島の実力は多様で申し分ない。あとは人、マンパワーか。



社説  早くも次号は“師走”1日号


さぁ、いよいよ次号は2005年のクライマックスの月・師走、12月の1日号である。本年も残すところ約1か月間、本紙の発行も1日、6日、12日、16日、21日の5回となり、早いもので、来年の元旦号づくりに向け、県知事や市長らの新年のあいさつや広告など準備するころとなった。今年は、最近急に冬らしい天候になってきたこともあり、クリスマス商戦、歳末商戦なども真実味が増してきた。本紙の広告欄にも、ホテルや飲食店の忘年会の広告が並び始めて、紙面も年末に向けたムードが高まってきているようである。本紙は毎年、12月26日号を休刊とさせていただき、新年・元旦号づくりに取り組んでいるが、平成8年から知事や県議、警察署長、市長らのあいさつを掲載するページに、1年がイメージされるような絵や書を配してきた。今年は夢や希望がふくらみゆく言葉として、芽が出たね―と、人、物事が成長、発展し、幸運の兆しを示す「芽」、水などがひとりでに、盛んに出てくる湧く。希望に心弾む様子のワクワクを合わせ「湧く」、初め、始める、初めてつくる―などの意がある「創る」の三文字を配した。



さて、平成18年、来年2006年は、どんな字がイメージされるのか―と、様々に考えを巡らしてみるものの、未だに考えつかずにいる。何か大きな明るさへとつながるような大変革がスタートしそうな感覚も意識されるし、異常気象や新たなウイルスなどによる病気など、逆に衝撃的な事象も発生しそうな、不安定で混沌としたもの―すら感じられ、脳障害の小さな友人が、この島を想い詠んでくれた歌「壱岐の島 空の果てなき雲に乗り 永遠なれと 日にも願わん」が浮かんでくる。



来年の干支は「戌」=いぬ=で、「いぬ年」で、昔の時刻では今の午後8時ごろ、また、およそ午後7〜9時のあいだの時刻とされており、十二支の第11番目ということもあり、例えば、壱岐市であれば、いよいよ市としてのスタイルがしっかりと形作られる目前の時―のようにも感じられるが、読者の皆様はどのように見渡されているのだろうか。しかしながら、年内には、まだ5回の発行が残っている。これに力を傾けて、来年にバトンを渡したい。あと6日で12月に入り、何かと気忙しい時期となる。最近、カゼが流行し始めたようで、暴飲暴食などしないよう心掛け、睡眠を十分取るなどして体調に留意し健康で、火の用心、交通ルールの徹底遵守により、火災予防、交通事故防止などに努め、師走を元気で無事に過ごし、来たる新年に臨みたいものである。