2005年7月21日号 第4251号
−主なニュース−
『議会解散』の審判−大差ついた住民投票−
本市初の住民投票「壱岐市議会の解散請求の賛否を問う住民投票」が17日、市内44投票所で実施され、賛成13,929票、反対2,008票と、賛成票が反対票を大きく上回り、本市の民意は議会に“解散”という審判を下した結果となった。本市議会は即日解散した。
投票は8月7日に−告示日31日 本市・市議選−
本市議会の解散を求める住民投票が17日に実施され、議会解散の審判が下り、26人の市議を選ぶ「市議会選挙」が、告示日31日、投票日8月7日に決まった。また、立候補者説明会が23日午後2時から、芦辺町、離島センターで開かれる。
壱岐保健所に相談窓口−アスベスト(石綿)被害−
全国的に多発しているアスベスト(石綿)による健康被害の発生に伴い、県はこのほど、県内14か所に相談窓口を設置したが、本市でも壱岐保健所に相談窓口を設置、▽アスベストに関して健康に不安がある▽健康診断を受けたい▽医療機関を紹介してほしいなどの健康相談。アスベストを使用している建築物の解体などの手続きや基準▽アスベストの調査、分析―に関する問い合わせなどの環境相談を受けつけている。
勝本が優勝−第10回新原杯・少年軟式野球大会−
壱岐少年軟式野球連盟主催の新原杯・壱岐少年軟式野球大会が16日と17日の両日、芦辺町、ふれあい球場と青嶋球場で開かれた。今回で10回目となる同大会には、市内10小学校が出場し、準決勝戦は勝本―鯨伏、盈科―那賀の対戦となり、決勝戦は、それぞれ勝ち進んだ勝本と那賀の対戦となり、白熱した好ゲームが展開された結果、7―1で勝本が那賀を破り、見事優勝した。
渡良SCが優勝−県少年ソフトボール壱岐予選−
県ソフトボール協会主催の第32回県少年ソフトボール大会・壱岐予選が16日、17日の両日、郷ノ浦町、大谷グラウンドで開かれた。同大会は、市内8少年ソフトボールクラブが出場し、2日目の準決勝戦は、初山ファイターズ―渡良SC、芦辺レッドパワーズ―筒城小Jrクラブの対戦となり、決勝戦はそれぞれ勝ち進んだ渡良SC―筒城小Jrクラブとなった。試合は、渡良SCが筒城小Jrクラブを完封、3―0で渡良SCが優勝した。
壱岐、長崎を紹介−女優・田畑智子さん−
23日放送・旅サラダ
朝日放送系列・全国放送「朝だ!生です 旅サラダ」が23日午前8時から9時半まで、壱岐ではNCCから放送される。同番組は、京都の老舗料亭の娘として生まれた、女優・田畑智子さんが本県を訪れ、長崎市内や壱岐を紹介する。
恒例ユニセフバザー−22日濱児童絵画教室−
郷ノ浦町、濱児童絵画教室は22日午後5時から7時まで、同教室前のスペースで、「世界の子どもたちへユニセフバザー2005」を開く(雨天中止)。恒例となった同バザーでは、日用品や小物、古本、菓子など、子どもたちの手作り品が出される予定で、売上金の半分はユニセフに送られる。
ひとしずく
夕暮れ近く、芦辺町、清石浜海水浴場に泳ぎに出かけた子どもを迎えに行く途中、住吉神社近くから月読神社あたりで、「カナカナカナカナ」とヒグラシ(蜩、茅蜩)が、その時を告げるようにあちこちで鳴いていた▼梅雨が明けたばかりで、真夏の強い日差しと暑さばかりが意識されるような時に、ヒグラシの涼しげな鳴き声が、少し寂しげであたりの自然の静けさに映えてとても美しく聞こえ、次の季節が何とはなしに、心に涼しさを呼び込んだようにも感じられた▼その日の夕陽、太陽の光が美しかったことも、そう感じられた一因かもしれないが、ヒグラシの鳴き声が生きる田園風景、自然などが多く残っていることも、イメージが膨らむための要素である。近いうちに一度、車から降りてその鳴き声をしばらく聞いていたい▼学生時代、大学へ自転車で通っていたが、その途中にケヤキの大木が道路沿いに立ち並び、夕方そこを通るとそのセミ、ヒグラシがよく鳴いていたことが、今、この原稿を書きながら思い出される。そのイメージはまさに、「蜩のなき代わりしははるかかな」=中村草田男=の句のようである▼それにしても“盛夏”になったばかりというのに次の季節とは…であるが、とにかく体調に気を配り、暑さに負けることなどなく、“熱い”この時季を元気に過ごそう。
社説 −「解散」の審判下った住民投票に−
壱岐市として昨年3月に誕生した壱岐。その根幹をなす市議会は、在任特例の適用で、旧四町議会の全議員が市議となり、62人の議員数でスタート。その当時、多くの市民から「在任特例でその形になっていることはわかるが、新たに市として市政が動き出したのだから、議会も定数になるべきでは―」の声が、市内あちこちから聞こえ、高まりを見せたが、日がたつにつれてその声は消えたかのような状態となっていた。その後、市政スタート約1年後の3月議会で、議員発議により「財政が厳しく、行財政改革の推進は議会から始められるべきで、任期は来年2月末日までではあるが、本来の定数26で市政に取り組み職責を果たすべき」―と、解散決議案が提出されたが否決された。このことが、完全に消えずに火種となり、くすぶっていた市民の感情を起こし、さらに議会の解散を求める会の発足、自主解散を求める署名運動の市内全域での展開が、再び「市議の数を本来の定数に」とする『声』を燃えあがらせ、6月議会で再度、解散議案が否決されたものの、今回の住民投票による“解散”を望む審判へとつながった。
が、どうも釈然としない、後味の悪さが残ったように思われる。それは6月議会の最終日、議会を傍聴した市民から「あの時と似ている」=四町合併への住民運動の高まりと意志が議会を動かせなかったという現実=の声が耳に残っており、結局、一本化して市となり、議会は解散したが、「民意」という住民の意志が、真に反映されての結果なのだろうか。尊重されたのだろうか―と感じられるからで、解散時の市議数は28人、「このまま放っておけば26人になるのでは」とする声も市民から上がり、事実上、選挙活動の前哨戦とも見える動きが既に始まっていただけに―である。それでも民意は議会を解散へと追い込み、市議選(8月7日投票)への道を拓いたのである。
その本市初の市議選はまた、初の広域的な選挙でもあり、定数の26を目指し、それは激しい選挙戦が展開されるものと予想されている。市民=有権者=もこれからが、より発展的な壱岐市づくりに向け、その責任の果たしどころである。それは言うまでもなく、投票の結果が当選した26人による議会として現れるからで、議会の権威と信頼を回復し、民意の反映―市民が参画する開かれた市政や本市の将来に向けた基礎づくり―なども、様々な情実に屈することなく、その責任を行使することで見えてくるはず。この機会を新たな壱岐市づくりの“初めの一歩”としよう。
- | HOME |

